「貴い子よ、本当にあなたは婦人たちの中で祝福されています。あなたは毎日深い祈りの中で来ては私の前に自らを低くしているからです。子よ、屋根にひびが入っために水漏りがして、1台のコンピュータに不具合が生じたのが気になっていますね。完全に乾いてしまうまでは、このネットワークを立ち上げてはいけません。一滴も残らず乾いてしまえばスタートさせても大丈夫です。そうです、子よ、私があなたの声を通して私のパワーを語り出し、私の霊の油塗りを伴ってあなたはこの雨漏りに止むように命じました。あなたはそれが止むのを目の当たりにしました。これはあなたの設備を台無しにしようとするするサタンの試みです。子よ、私があなたの味方であるなら、誰があなたを打ち破ることが出来ますか?」
「私の主よ、あなたは私の強さです。あらゆる点でただあなたの御意志だけを求めます。雨が降ってもいない時に、この漏れが生じました。これが邪悪な者たちの仕業であることは分かっておりました。あなたの聖霊を通し、あなたの御名の中で止まるように命じた後で瞬時に漏れるのが止まったのを私はこの目で見ました。私が祈りました時、あなたからの大きなパワーが私にやって来るのを感じました。」
「子よ、私の手があなたの上にあります。そして、私の霊はあなたの忠実な友であり、仲間であり奉仕者です。私は私の霊を遣わして、あなたを通して私の言うがままを行います。あなたは私の奉仕者です。あなたは多くの奇跡を見ることになりますよ。昨日の夕方、あなたがふくろうに去るように私の名の中で祈った時でさえそうであったようにです。そう、あなたはふくろうが行ってしまうように7回祈ると、それが去りました。子よ、これらは奉仕を通して起こる奇跡です。あなたは再び私の山の高みへと連れて来られました。ご覧、上側の部屋へのドアが開いているのが見えるでしょう。入っておいでなさい。私の霊があなたをここに連れて来ます。」
「私の主よ、おお、この栄光な素晴らしい光の中にある何というパワーと純粋さでしょう!私を包んでいるこの平和と喜びはどんな人間の言葉をも超越しております。私がここに参ります時には、いつも私の魂はこの空間を切望致します。世の暗黒が洗い去られたように感じますわ。」
「そうです、子よ、下の方をご覧、ある場所々々の周りに灰色と黒いエネルギーが渦巻いています。この暗闇の内側のあちらこちらに私を愛する者がいて、私の聖霊のパワーを放っていますよ。」
「私の主よ、見えますわ。彼らは天使たちと共にいる場合を除いて、大抵の場合は単独です。」
「そう、あちらこちらで魂たちの集会を導いています。しかし、大抵はそうではありません。子よ、上の私の部屋に入りなさい。見えた通り、与えられた通りに書いてください。」
「私の主よ、ひとつの箱が、かなり小さく見える木製の部屋が見えます。その箱が光の中で上の方に吊されています。その箱は不吉な感じがします。それが秘密の間であることは分かります。しかし、私の主よ、その部屋がずっと上側の部屋の中にあったのはどういうことでしょうか、私はこれまで見たこともありませんでしたが?」
「子よ、永いことこの場所にありますよ。あなたは見たことがなかったけれどもね。これからも見ることはないでしょう。私が許可するものをあなたは見るのです。」
「私の主よ、あなたの働きは強力です。しかも、私がそのわずかの部分にでも与ることが出来ますことを感謝致します。あなたは憐れみ深く恵みに満ちておられます。あなたは私が自分自身さえも愛することが出来ませなんだ時にも、私を愛していて下いました。全てに優るイエス様の御名に栄光がありますように。私の主よ、この貴い空間のことをあれこれと憶測しまして、どうかお赦し下さいませ。」
「子よ、何があって、何がないとかあれこれ憶測を決してしないように。時が備われば、私の霊がすべてを明らかにします。そう、魂が受ける準備が出来ていればです。」
「はい、私の主よ。私たちの多くが絵の全体を持っていると考えるものですが、実はほんの味見をしたに過ぎません。私はそれを全部知っていると考えておりましたが、実は暗闇の中で失われておりました。」
「そうです、子よ、それがエゴで、『安易に神を知る(easing God out)』ことです。あなたが聞いた通りです。知っていると思う者は、わずかでも知ってはいないのです。最初の者は最後になり、最後の者は最初になります。子よ、へりくだった心は素直です。」
「私の主よ、素直な者でありとうございます。私の中にある、私は信心深いのよ、とか、全てを知っているわ、という振る舞いを打ち倒して下さい。私がへりくだって素直であるためです。見れば見るほど、さらに私は学んで、自分の目にも、いよいよ小さくなります。私の主よ、あなたのパワーに私は驚き、身を低く致します。」
「子よ、分かっています。さて、木製のドアの所に降りて来て、あなたのキーを取って、ドアを開けなさい。」
「私がキーをドアに差し込みますと、それがすぐに開いて、部屋の中心にあるテーブルの上で出会った4つの光線が私の目に入ります。私がこの部屋に入ろうと思って近づくと、私たちの質素な住居の天井から、更にもう2つの水漏れがあって、水が絶えず滴っています。私は部屋を出て、水漏りのことを祈りに山に向かいます。1つの水漏りはすぐに止まりますが、2番目のは漏れ続けます。」
「そうです、子よ、一つを塞ぐと他のが噴き出します。私は人の武装がどんなものかをあなたに見せるために、これを許可しました。つまり、1つの穴を塞いでも、別のが漏れています。しかし、みんな15分以内に止まります。立って時間を計りなさい。このことで私を証明しなさい。その通りになって、あなたの祈りが空しくなることはありません。」
「私の主よ、今は午前8時47分です。時間を記録しました。」
「さて、貴い者よ、あなたを私の山に連れ戻します。私は地球の主だからです。そして、私の霊に乗り、キーを携えて再びこのドアまでやって来ました。子よ、このドアを開けて中にお入りなさい。」
「私の主よ、私は中へ入りました。そして、白色光の4本のビームに出会います。それから軍鶏(しゃも)たちの青ざめた姿が見えます。」
「子よ、それらを心臓の所まで持って来なさい。そして彼らの恐れを記述しなさい。彼らの場所はそこにないからです。」
「私の主よ、私は軍鶏を掴んで持ち上げます。すると、私は深い悲しみを感じます。この悲しみが私を掴み始めて、私は、損失と悲しみを苦悩する深い感覚を覚えます。目から涙が溢れ始めて、私の顔を流れ下ります。私の胃の窪みから大きな悲しみ、不安、恐れがこみ上げて来ます。どうかすると、私はあなたの愛を失うのではないかと恐れます。私は相応しくなくなって、あなたが私を切り捨てておしまいになるのではないかと恐れます。私が卑しい者となって、あなたのみ前で面目を失うのではないかと恐れます。私は軍鶏を抱き締めながら激しく泣きじゃくります。大粒の涙が私の顔を洗いつつ流れ落ちます。突然、おんどりが見えなくなったのに気付きます。そして、私は一つの白い磁器を抱いています。それは白い北極熊の貯金箱です。涙が貯金箱の穴に落ちるとチリンと音がします。その音で私は天井の水漏りの音を思い出します。私の涙が輝く金色のコインになりました。それらの光が上の方へと照射して来て私の顔を洗い、目を和ませてくれます。この光は暖かくて静かです。北極熊はとても温かな光を放っています。それは毛のように柔らかく抱き締めたいほどです。私はこのクマが好きになって抱き締めます。私がそれを抱き締めると、だんだん小さくなって見えなくなり、純粋で白い光の玉以外には何もありません。」
「行ってこの輝く物をテーブルに置いてお座りなさい。」
「私の主よ、そのように致します。気が付いてみると、私はこれら4つの純粋な白い光線のただ中にいます。」
「天使のキキアラからモーセの書き物を受け取りなさい。そして、見える通りに書いてください。」
「私の主よ、次のページがあります。それをお読みします。
聖霊の輝きによって飾られた、さえた目と耳よ、主の朗々とした声を聞け。彼の語られた言葉はさえた目と耳を持つ者たちには明らかだからである。主の声に耳を傾けよ。なぜなら、真理と正義のはかりの前で、彼には裁き、罪定めをし、聖化する権威が与えられているからである。そう、彼は時間の中で為されたすべての行為を測る測り即ち物差しが与えられている。
そして、あなた方は、私によってもたらされた神の戒めと、私たちの主御自身によってもたらされた新しい、しかも更に大いなるレベルへともたらされた物差しが与えられている。地に伏して、彼の言葉に服従せよ。あなた方が失われて困惑しないために彼の律法に従え。しかし、裁きは私たちの主に委ねよ。
あなたは『鍋はやかんを黒いと笑う(訳注:目糞が鼻糞を笑う、五十歩百歩、の意)』ようなことを言っては、何人の者たちを地獄に落ちよと罪定めをしたであろうか?果たして何人がガラスの家から最初の石を投げたであろうか?果たして何人がホームレスが飢えているのに、贅沢三昧な生活しているであろうか?あなたは人を罪定めをして裁くほどに完全であって霊的に円熟しているのであろうか?あなたが罪定めをして裁くと同じように、あなたは罪定めされ裁かれたことであったし、また、そうされる。
のし上がった者が下の者を罪定めする権利はない。また、落ちぶれた者が上にいる者を罪定めする権利はない。そう、失われた人々に対しては罪定めによるのではなく、愛、穏やかな諭し、同情をもって近付くべきである。そして、例証をもって教えるのがベターな道である。罪定めは人を傷付けることはあっても、助けることをしないから。拒絶は投げ捨てることは出来ても、引き上げることが出来ない。故意に人を傷つけることは破壊はしても、癒すことはない。屈辱を加えることは分裂は引き起こしても、集めることは出来ない。虚偽か否定によって分裂することは、分裂された者に石を投げつけることである。
愛と同情は親しい交りというレンガの間にあるモルタルである。優しい説得はモルタルを混ぜ合わせるものである。それが愛と同情を結合させる。あなたの考えを優しくせよ。そう、お互いに親切であれ。だれも悪意を抱いてはならない。それは悪魔の破壊の道具だから。親切と愛と同情をあなたの敵に送れ。そうすれば彼らも同様の目であなたを見る。柔らかい心は心を柔らかくする力を持つ。あなた方の中で賢明な者は早くからこれらのことを学ぶように。逆らう霊は多くの時間がかかる。私はモーセである。』
「子よ、私は主人イエスです。そう、私がすべての者たちを裁きます。私の霊は辛抱強く、親切な存在です。私は私を愛し私の者たちを祝福する者たちを大事にします。そう、終わりのない王国へと、永遠へと私が祝福します。戻って来なさい、貴い子たちよ、あなたの反逆の道から。私の手はあなたにまで届くからです。」
「私の光線の中で立ちなさい、子よ。」
「私の主よ、そう致します。私自身が振動し始めたように感じます。私は強い光の渦巻くエネルギーによって巻き上げられました。白い百合が私の足下に形成されます。私は引き寄せられてそこに座ります。その香りは純粋な天国です。」
「吸い込みなさい、子よ。あなたはそれによって強化されますよ。」
「私の主よ、この匂いで私はとても嬉しくなって落ち着いて来ました。そして、私はリラックスして、穏やかで、平和な気分になり眠くなって来ました。この祝福の何と貴いことでしょう!」
「そうです、子よ、それがあなたの洞のアレルギーを回復させますよ。足に電気ヒーターを使うことはありません。それがほこりを上方のあなたの洞にまで運んで来るからです。子よ、今時計をチェックしなさい。」
「私の主よ、午前9時です。3番目の水漏れはずっと前に止まっています。」
「私はイエスです。私はエホバであり、そう 地のいと高き神です。」
目撃した通りを、口述を受けて、記録しました。
1997年11月16日